あなたに抱きしめられて眠る


               夢を見た

 あなたに抱きしめられて眠る夢を見ました。夢の中のあなたはそれはそれは、やさしくて。なんだ、西田、寒いのか。おいで。見たこともないような顔で微笑んで、そうして千早にするように両腕を大きく広げて僕を呼びました。僕の足はそれをおかしいと思わずに、あなたに向かって進むのですけれど、僕の頭はなにかがおかしいことをはっきりと分かっていました。だから僕はあなたの腕の中にすっぽりと収まってしまった後で、もしかすると僕は猫なのかもしれない、なんて思いました。あなたは僕を、西田、と呼んだから、僕が千早じゃないことは分かっていたのですけれど、けれど、千早ではない猫になってしまったのかもしれない、と思いました。あなたの腕が僕の背中に回されて、僕はあなたの腕に抱かれながら、窮屈な隙間の中で自分の手を見てみました。けれどそれは猫の手ではなくて、人の手だったから。ああ、あなたは、僕が人であることをちゃんと分かっていて、それでもこうして抱きしめてくれているんだと思ったら、とてもとてもほっとして。急に眠くなってしまって目を瞑りました。あなたはそんな僕を見下ろして、眠いのなら寝ればいい。大丈夫、安心して寝るといい。そう言って僕の頭を撫でました。おかしなことだと僕の頭ははっきりと分かっていました。だってあなたが僕を見下ろすことなど出来るはずがないのに。けれど僕の体はおかしいなんて思わずに、眠りに落ちていきました。

 夢から醒めた今それがどれだけ現実的でないかを僕ははっきりと分かっています。そんなことが起きるくらいなら天と地がひっくり返るほうがありえる話のような気さえします。けれど夢の中の僕は、なぜだかとてもとても幸せだったから、どうしたんだ西田なにか良いことでもあったのか、先輩が珍しくやさしく聞いてくれたこの現実を壊さないために、腕の中の隕鉄をぎゅっと抱いて答えました。

―――あなたに。

「抱きしめられて眠る夢を見ました」、と。

 なんだ。そんな夢を見たのか、と笑ったあなたがなにを勘違いしているのか、僕にはすぐに分かりました。だから、腕の中にいる隕鉄をさらに強い力で抱きしめました。苦しかったのか、それとも嬉しかったのか。隕鉄がにゃあと鳴いても、僕はその力を緩めることはありませんでした。僕は心の中でなにかを言いました。それが、ごめん我慢しておくれ、だったのか、それとも、大丈夫ずっとこうしているからね、だったのか、一瞬のうちに忘れてしまいました。だって僕が見た夢は、僕が幸せを感じた夢は、隕鉄に抱かれて眠る夢ではなくて、あなたに抱かれて眠る夢だったからです。あなたは僕のことを、ばか、ばかもの、大ばかものと言いますが、僕は願望が即夢につながるなんて短絡的な思考を繰り広げるほど、ばかではないと自負しています。あなたは、僕よりもずっと広い視野と、ずっとずっと回転の早い頭を持っているにも関わらず、今のように時折、ものごとの本質をきちんと見極めない発言をするのだから、ほんとうに困った人だと僕は思いました。だってあなたが、ほんの少しでも考えたならば、すぐに分かることなのです。夢になど見なくても、僕はいつでも隕鉄をこの手に抱くことができます。それはあなたの苦言、苦笑を伴うものかもしれないけれど、僕はそんなことは少しも気にならないのです。思う存分にこの滑らかで手触りのよい毛並みに指を絡ませ、手のひらを這わせ、そして温かい体温にしがみつくことができますし、それを感じることができるのは、夢ではなくて現だけであることを、僕はもう十分に知っているのですから。けれど、そんな簡単なことにすら気付くことのない今日のあなたは、いつにもまして、なぜだかは分からないけれど、機嫌が良いのだと。僕は知っていましたから、そのまま、黙って隕鉄を抱きしめていました。

 夢の中の僕が、今この腕に抱いていたような温もりを感じていたのかどうか、もう忘れてしまいました。刻一刻、一刻が過ぎていく間に、だんだんと速度を増してその記憶は曖昧になっていきます。けれどそれと反比例するように、あの夢が、なんとも言えず幸せで、特別なものである感覚だけが強まってくるのです。僕はそれが現実になることなど望んではいません。夢の中であったからこそ純粋に幸せを感じることが出来たのだと、知っているからです。

そんなに良い夢だったのか、とあなたが言いました。
僕は、答えました。

「とても幸せな夢でした」、と。