幼い夢がまだぬくい
「あのなあ、お前なあ、いーか、よーくよーく、よおおく、聞け、いいかあ、」
 酒ってのはね一口だって飲んだら素面じゃねえの飲酒なの。分かる?量の問題じゃないのよ。強いとか弱いとか?顔が赤いとか青いとか?風船膨らませても出ねえとかおまわりさんに捕まんないとかろれつが回ってるとか回ってねえのは俺だとか、あっはー!分っかんねえだろーなお前ばかだから。
「むらこし」
「まあ、分からなくもないですよ」
「んあ?」
「分かりますよ」
「どう分かったってんだよ」
「程度の差はあれ、酒飲んだら酔っ払いっだってことすよね」
「んだよ、分かってんじゃん」
「だから分かってますって」
「だったら、むらこし、さあ、」
 そんなつまんねえ顔して飲むなよ。ばかしでかす酔っ払いもばかやらない酔っ払いもばかやれない酔っ払いもみーんな酔っ払い。なーんも変わんねえの。お前分かってるって言ったじゃん?俺みたいなばかと違ってお利口さんなんだからさあ。
「なあ、むらこし」
「なんですか」
「もっと楽しそーに飲めよ」
「楽しく飲んでますよ」
「ほんとにい?」
「ほんとですよ」
「ほんとのほんとにい?」
「ほんとですって……て、達海さん、一体どんだけ飲んだんですか」
「んーならいんだけどさ、けどさ、だったらさ、むらこし、」

 わらえって、もっと、

「ほら、あんときみたいに、あれいつだっけ、ホームでさあ、」
 ゴール一個とってさ、お前、笑ったじゃん。サポの歓声あがってさ、中華屋のおっちゃんの……弁当屋だっけ?まあいいや、なんか言われて、そんでガキみたいに。顔くっしゃくっしゃにして笑ったじゃん。おいおいどんだけ笑ってんだよってくらい、ずっと笑ってたじゃん。
「なーむらこしー」
 別に来年の自信がないとかそんなんじゃないけどさ。こんなさいこーな気分でシーズン終わってさ。どーせお前のことだから、明日っつうか今も、体調管理とか自主トレとか、次のシーズンはどーとかさ。んなことばっか考えてんだろ、おっと、ウソつこうったってむだだし、ごまかされないぜ。俺にはお見通しだかんな、お前の考えてることなんて。
「だからさあ、むらこし」
「何してんですか」
「いいじゃんいいじゃん」
「いいって、なにが、」
「減るもんじゃねえだろー」
 今日くらいいいじゃん、今だけ、いいじゃん、ゴールしてないけど、俺の前でくらい、あん時みたいに―――――ほら


 わらえって むらこし


 ネットを揺らしたボールに向かうよりも先に、赤崎の頭に手を乗せた瞬間、何故だか思い出した。
 だから。
 「笑え」と言わなくても、これ以上はないくらいにその面の、相好を崩した赤崎の頭を、もう一度。
 大きく、叩くように、ぐしゃりと掻き混ぜた。