ひねくれものと過ごした時間
 あの時、見慣れない背中に目がいったのは、丹波の性分だ。
 気にはしているくせに言葉をかけることを良しとしない寡黙なアイツや、気にはしているくせに素直な態度をとれない不器用なアイツの代わりを買って出てやった、なんてエラそうなことをいうつもりは、まったくない。これっぽっちもない。

「よお、相棒。トップはどーよ」
「……別に」
「お、言うねえ。どってことなかった、てか」
「そういうんじゃないっすけど、ていうか……」
「ん、なに?」
「……いや、別に」
「あ、そ?ふうん、あ、そーだ。飴、食う?甘いもんとか、好き?」
「嫌いじゃないすけど」
「俺は、好きか?って聞いてんの」
「……まあ、どっちかっていうと、好き、すかね」
「んじゃ、どれにする?これね、ローカロリー、デブを気にしてるヤツ用。そうじゃないのもあるけど……ほらこれとか懐かしくね?美味いんだよなあ、これ」

 今でこそ、あの時の赤崎は歯切れが悪かった、なんでもない顔をしていたが、それなりに緊張していたのかもしれない、と思うけれど、その時はそんなこと思いもしなかったし、逆に態度のでかいヤツだとも思わなかった。
 ただ、丹波が差し出した手の平から、おススメの、三角の甘ったるいやつを取り上げて、
「じゃあ、これ」
いただきます、と律儀に頭を下げた赤崎は、その日一番の年下っぽい顔を見せたから、丹波も目一杯先輩面をして、鷹揚な態度で、
「おう、食え食え、やっぱ疲れた時は甘いもんだろ」
背中を叩いた。
 今でこそ、赤崎の指がそれを摘み上げたのは、決して気を使ったからではなく、ただ単に甘いもんが好きだからだ、ということを知っているけれど、あの時は分からなかった。分かるはずもなかった。

「よお、相棒。今日、ちょっと付き合わねえ?」
「また甘いもんすか」
「良さげな店、見つけたんだよ」
「誰かいないんすか、誰か、他に」
「いたらお前を誘ったりしないって」
「買って帰りゃいいじゃないすか」
「俺に一人で食えってか、これでもかってくらいデコレートされたケーキを、一人で、孤独に、この俺に!」
「食えばいんじゃないすか?」
「やだよ」
「なんで」
「やなもんはやなんだよ」
「……メタボっても知らないっすよ」
「俺には関係ないから、心配御無用!」

 なんだかんだと文句を垂れながらも、結局付き合ってくれるのは、赤崎なりに気を使っているからだろう。
 それでも、これが映画に行こう、なんて話なら絶対に拒否されるに違いない。そういうところは、はっきりしている。
 短くはない時間を、同じ場所で過ごしてきた。
 だからこそ、分かることがある。
 あの時と、今は、違う。
 視界の片隅で、メタボに分かり難い反応を示した堺に気付きながらも、気にも留めない、そんな術を持っているヤツだからこそ、
「いいじゃん、なあ、相棒」
丹波が言うところの「相棒」が、ただ単に、ホワイトボード上の線対称、形ばかりのポジションの話ではなくて、大きな固まりとしての話だだということを、正確に読み取っていてほしいと思う。知っていてほしいと思う。
 分かっているか、なんてとても聞けやしないが、そうであると信じたい。
 今だから、信じたい。
「……たく」
 呆れたようなため息、苦笑いの顔も、不敵で、不遜で、後輩にこんな態度取られたなら、アイツやアイツは我慢ならないんだろうなあ、なんて思うけれど。
 俺は、俺。
 アイツはアイツ。
 赤崎は赤崎。
 誰一人として同じでない十一人―――もっとたくさんが集まって、主張しながら、我慢しながら作っていくからこそ、チームは、サッカーは、面白い。

 これだから、やめられねんだよなあ

 思いながら、丹波は大きく振りかぶり、
「おっし!そうと決まれば、さっさと着替えてこいっての!」
赤崎の背中を叩いた。