秋眠、暁を。
 ああ、こいつも眠たいんやなあ、と思った。いつもの時間にいつもの場所で、いつものように、おはよう、と一言笑って運転席に乗り込んだ高嶺に、いつもと変わったところなんてなんもなかったけど。
 ハンドルを握って車を走らせながら、ポチポチとラジオのチャンネルを変えて。ほんまはBGMなんてどおでもええくせに。なんも言わんと、なんも表情を変えんと、すこしでも辛気臭い音がなるとはポチポチと。


「週間天気予報によるとね、全国的に前半は高気圧に覆われてるから、問題なし。北日本は、後半は前線や気圧の谷の影響で曇り、雨の降る所があるらしい。東日本と西日本は、中頃からは前線や湿った気流の影響で曇りや雨の日が多んだって、要注意だね。南西諸島も、中頃からは湿った気流の影響で雲が広がりやすみたいだけど、まあ、この時期のことだから大したことないと思うよ」


 ちょおっと喋りすぎやぞ。そんなもん、わざわざ車ん中で話さんでも基地に行けば嫌って言うほど情報はあるやろ、と思ったけれど、さよか、とだけ返しておく。うん、と高嶺が頷いてまた車の中が静かになる。そりゃそうやんなあ、俺とおんなじだけ働いて、俺とおんなじだけ休んでて、俺が眠たいと思うんやから、お前も眠たいやろなあ。喋ってへんと、眠たあて仕方ないんやろな。まあ、気持ちは分かるわ。


「今日は赤の気分なんやけど」
「それは残念。赤は今日は中吉。青が大吉だったよ」
 なんやねんそれ、と言えば、おみくじ卵と簡潔な答えが返ってくる。お約束どおりアドレナリンって言えばええのに、なんでそんなところで目覚ましテレビやねん。いや、俺も見とったけどな、どんなに疲れとってもちゃんと起きられるもんなんやな、俺もお前も。職業病やな、何年お前とおんなじスケジュールで生活しとんのやろ。そんなとこまで知りたいとも思わへんけど、休みの日もおんなじ時間に起きてるんとちゃうか、気持ち悪い。


 そういえば、こいつが車ん中で俺に、寝ても良いよ、って言わへんようになったんは、どんくらい前やったやろ。行きも帰りも、疲れてるんなら寝ても良いよ、って言うてたのにいつの間にか言わんようになった。今言われても寝えへんけどな、眠たい時に助手席で寝られたら、俺やったら殴るし。こいつのことやから、俺が寝てもなんも言わんやろうけど。俺が寝えへんから言わんのやろか、それとも俺が寝たら殴りたくなるとか思とるんやろか。


 眠いとか疲れたとか聞いたことないけどな、俺も言うたことないし。こんな商売しとったら、眠いんも疲れるんも仕方ないと思うし、覚悟は出来てるし。それにしても、眠そうやなあ、そんなに眠そうにしとるんは見たことないわ。こいつのことやから、変な気を遣ってるのかもしれんなあ。俺はこんなやし、副隊長はあんなやし、下は生意気やし無口やし、ひよこは無謀やし。隊長はおらへんようになったし、しっかりせな、とか思ってるんかもしれんなあ。


「ちょお、コンビニ寄って。眠うてかなわん。眠気覚ましになんか買うわ」


 車から降りてきて外の空気に当たっていた高嶺に、眠いなあ、と缶コーヒーを差し出せば、眠いね、と言って受け取る。車に寄りかかるようにプルタブをあければ、同じく小さな音が聞こえる。


「今日は全国的に秋晴れ。何ごともなく一日が終わると良いね」


 小さく深呼吸をした後に一口コーヒーを喉に流し込んで高嶺が言うから、ほんまやなあ、と俺も答える。
 二十四時間、四六時中。何かがあれば眠気なんぞ吹き飛ばして海に潜るけれど、俺も高嶺もしょせんは人間やし、こんな秋晴れの眠たい朝もある。今日くらいは何も起きてくれるなと思った、そんな秋の一日の始まり。