膜を張ったホットミルク
「なあ、救命士、飴ちゃんちょーだい」
 ある朝、シマはそう言うと、長い袖にすっかり隠れた手のひらをこちらに向けて、
「なんや急に、エライ冷え込んだな」
寒い、と口にする代わりに、白い息をふうと吐き出した。
「風邪ですか」
「なんで?」
「咽喉が痛い、とか」
「まんまやな」
「じゃあ、なにかありました?」
「別に、なんもないけど」
「疲れてます?」
「んで、糖分補給しとるんやないかって? お前、心配しすぎやわ」
「それも仕事の内ですから」
「仕事、なあ……まあ、そういうことにしとこか」
 ほれ、と促され、丸い飴玉を手のひらに転がせば、
「味なに?」
「黒糖」
「ふうん」
袖口から出した指先で薄いセロハンを取り除き、ぽいと口に放り込む。
「あっま、なにこれ、あっま!」
「砂糖ですから」
「や、それにしても甘すぎやろ、虫歯んなる」
 大きな固まりを口の中で、右へ左へと転がしながら、甘い、甘い、とシマは言う。
 だから、一言だけ返した。
「いいんですよ、それで」
 寒いとも、疲れたとも決して口にしない人には、それくらいがちょうどいいんですよ。
「でも、歯はちゃんと磨いてくださいね」
「うっさいわ、お前はなんや、俺のオカンか」
「わたしは、わたしです」
 言えば、シマはつまらなそうに、あーあとぼやき、
「うちの救命士は心配性やなあ、んな細かいとこまで気ぃつこてると、頭薄なんで」
それから、
「そや、頭薄いといえばな、こないだハゲのおっさんがクシャミしててんけどな」
ころりと話を変える。
 はぐらかされたか、一瞬思ったけれど、
「えくち、とかいうねん。えくちっやで、キッショ。あの顔でそんなかいらしクシャミされてみ、サブイボたつっつうねん」
「ネギでも巻いてもらいましょうか」
「せやなあ、あんなん何べんも聞きたないしなあ、ネギくさい方がまだましやんなあ」
彼なりの、彼らしくも分かりにくい気遣いが言葉の端々ににじみ出て、
「鍋、にしますか、今夜」
思いついたままに口にしたそれは、しかし、我ながら名案だと思った。
「お、それええな、初鍋や」
「大口や神林も呼んで」
「……ほんまにハゲても知らんぞ、救命士」
 苦笑いの表情には、
「その言葉、そっくりそのままお返しします、隊長」
ほんの少しの皮肉を込める。
「鶏がら、買うて帰るか」
「ネギも山ほど」
「ワカメも入れたって」
「おや、気にしてたんですか?」
「お前の頭を気にしたってるんやー」
 からり、からり。
 ずいぶんと小さくなったのだろう飴玉を、シマは音をたてて転がしながら、
「それにしても、この飴ちゃん、ほんまに甘いわ、甘すぎるて」
くっくと咽喉を鳴らし、笑った。